月と太陽がすれ違う時
月と太陽がすれ違う時1
すれ違いざまに何かに惹かれるように振り返る二人。
視線が絡みあい、そこだけ時間が止まったように音が止み、空間が広がる。
1人は太陽のように明るい笑顔だと目を奪われ、陽だまりのように温かいと思った。
1人は星のない真っ暗な夜空のような黒い瞳に目を奪われ、青白く光る月のようだと思った。
お互いに動けなかったのは数秒なのか、数分間だったのか…。
ふいっと月に例えられた男は前を向くと何もなかったかのように歩き出し、雑踏の闇に溶け込んで見えなくなってしまった。陽だまりに例えられた男はそのまましばらくそこに立ち止ったまま、月の消えた闇を見ていた。
* * *
「流星様ももう子供じゃないんですから、喧嘩などやめて頂けませんか?」
「俺が喧嘩を吹っ掛けたわけじゃない。勝手に殴りかかってきたんだ。自分の身を守るために仕方ない事だったと思うが?」
「喧嘩の原因はあなたじゃないですか。相手の彼女を奪ったとか。」
「どの女かわからんが、俺は別に女に不自由しているわけじゃない。それにどの女も俺の外見と『蒼井』の名前に惹かれているだけで俺自身が欲しいのではないんだとわかっている。だいたい相手がいたのにコナかけてくる女が悪いんじゃないのか?」
「社長の迷惑になるような事はやめて下さい。迷惑にならない事ならご自由にどうぞ。ご自分の責任で。」
「俺の事は放っておいてくれ。片桐もここに来ないようにって何度も言ったはずだ。必要な時は電話するし、してくれればいい。他人にここにいて欲しくない。」
「わかっています。でもあなたはなかなか電話に出てくれないでしょう。今日はどうしても話が合って仕方なく来たんです。」
この片桐という男は、俺の親父の秘書をしている。
優秀らしいが、表情一つ変えないこの男は感情が欠落しているのではないかとこの俺でさえ思う。まあ他の人間からみたら俺も欠落している人間なんだが。
『蒼井 将星(アオイ ショウセイ)』
ホテルビジネスではかなりの強者らしい。37歳と若いながらも成功を収めている実業家らしいが、俺が会った事があるのは数回程度であいさつ程度くらいの話しかしてないと思う。記憶がないから多分そうなんだろう。どうして父親が俺を引き取ったのかわからない。
初めて父親と会った時、俺はまだ感情が少し残っていた。「嬉しい」と、「今度は愛してもらえるのだ」と思った。
でも、父親は俺を見ただけで秘書を呼び誰か適当なものを付けて世話をするように言っただけだった。
頭を撫でてもらう事も抱きしめてもらう事もなかった。
もちろん住む家は蒼井家の別宅で俺以外はメイドしかいなかった。
どうして一緒に住んでくれないのか?どうして父親なのに俺を一人にさせるのか?子供ながらに悩んだがメイドたちが話しているのを聞いて子供ながらに納得した。
親父には正妻と子供がいるらしく、俺は妾の子で母親が捨てられたってよくある話だ。政略結婚だとか何とか誰かが言っていたがどうでもいい。
俺は蒼井家にとってはいらない人間だった。
高校生になるまではその別宅で過ごしたが、高校生になる時に片桐が新しく俺の世話係となり、その時に一人暮らしがしたいと頼んだ。
口さがないメイド達にうんざりしていた。
学校でも『蒼井』の名前のせいで仲の良い友達など出来るはずもなく、友達が出来る事はないと経験していたから必然とする事と言えば勉強だった。、勉強はすればするだけ身に着くから好きだった。一人でも勉強は出来る。どこででも。本は現実を教えてくれる。
俺が中学になり、身体が大人に近づき出してからは俺に対するメイドたちの態度は変わっていった。野心でもあるのか俺に色目を使う女ばかりでそれも嫌だった。辞めさせても次に来る者も同じ。年配のメイドでさえそうだったのだから笑える。
性欲処理には困らなかったが、しょせんはそれだけの事。別に外に出ればそんな女はどこにでもいる。
片桐にはそのままを伝え、俺の一人暮らしはすぐに認められた。メイド達はすべて解雇されたらしい。
今の俺は身分不相応の高層マンションに住まわしてもらって、生活に困る事もない。それで十分だ。別に欲しいものも、したいこともない。意味のない人間だ。
「流星様聞いてらっしゃいますか?」
「あ?で、何だ話したい事って。」
「学校の事です。」
「学校?」
「流星様、この前に学校に行かれたのはいつですか?」
「さあ…いつだったかな。」
「学校からこれ以上休まれると単位数が足りなくなり進級も危ぶまれると連絡がありました。」
「成績はいいんだから、単位数くらい何とでもしてくれればいいんじゃないのか?」
「そういうわけにはいかないでしょう。成績さえよければいいというものじゃありませんよ学校というものは。」
「じゃ、辞める。別に行く必要もないだろ。」
「何を言ってるんです?そんな事があなたに許されるとでも?蒼井を名乗るものが留年や、中退など許されるわけないでしょう。社長の顔に泥を塗る様な真似はやめて下さい。
言いたくはありませんが流星様のお母様が病気になられた時の費用や、お葬式の費用をお支払いになったのは社長なのですよ。その社長に泥を塗る様な真似をなさるんですか。」
感情のない片桐の声と眼鏡から光る冷徹な目が俺を見る。
そう。俺の母親は俺が6歳の時に病気で死んだ。
母親には兄が1人いたが、働きもせず、毎日酒をくらい、少ない母親のパート収入も酒に消えていた。
殴る蹴るは日常茶飯事で、俺も母親もいつも身体にあざを作っていた。そんなオレ達に病院に行くような金はない。
ある日家に知らない大人が来て母親を病院に連れていき、そのまま入院となったのだ。俺は近くの児童施設に一時期預けられた。その時母親の兄がどうしてたのかは知らない。
母親が死ぬとすぐに俺はその兄に別の施設に入れられた。それ以降はその兄にも会っていない。どこでどうしてるのかも知らない。
それから3年ほどして10歳になる前に父親に引き取られて今現在に至るのだ。
母親の事を出されると俺は従うしかない。
母親の事がある限り、俺に自由なんてないんだ。
「わかったよ。明日からはちゃんと学校に行く。それでいいんだろう。」
「わかってくだされればよろしいんです。送迎の車を用意しますか?」
「そんなもんいるか。監視したいんだろうけどそれはごめんだ。一人で行く。」
「わかりました。では社長にそのように報告しておきます。」
「もう来るな。」
「あなた次第です。私がここに来なくて済むようにして下されば私も仕事がはかどり助かります。」
片桐が出ていくとやっと一人になれる。
しばらくぼーーーっとソファーに寝転んでいたが、身体を起こし、裸足のまま部屋を出て屋上まで行く。
屋上のドアには鍵がかかっているのだが、偶然、管理人が付けたまま忘れていて、合いカギを作ってから管理人に返した。もちろん管理人は俺がスペアーキーを持ってるなんて知らない。
その鍵でドアをあけ屋上の一番端に立つ。
Tシャツに綿シャツを羽織っただけ、スエットのズボンに裸足。
下から吹き上げる風は凍り付くように冷たいが、それさえ心地いい。
下を見る。
ここから落ちれば死ねる。
しばらくそうして風に吹かれてからその場を離れタバコを一本吸う。
いつでも死ねる。
今日じゃなくてもいい。
度胸試しをしているつもりはなく、こうしていつでも死ねる事を確認するとまた明日生きられる。
刹那な生き方を望んでるわけではないけど、この屋上は俺の生死を司る境界線なのかもしれない。
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