月と太陽がすれ違う時
月と太陽がすれ違う時2
生活臭のない部屋で目覚める。
耳障りな雑音は嫌いだから目覚ましはかけない。
昔からぐっすりと眠ったという記憶はない。いつも浅い眠りの中で寝ていると言うよりは時間の波を漂っているという感じだが、もうすっかりそんな事には慣れた。
雑音は嫌いだからTVもない。
世の中の事には興味がないから必要がない。
好きな芸能人もいなければ、もちろんお笑いも見ようなどと思ったこともない。
音楽だけは好きなものを聞く。 エリック・クラプトンにOasis、別に好きなわけじゃないけど何となく決まっている。ビートルズは大嫌い。
ジャズも聞く。でも一番聞くのはクラッシック。 昔からクラッシックが好きでよく聞いていた。
一番自分らしいのがピアノを弾いている時だと思う。
母親の残した形見がピアノの鍵だった事も関係があるのかもしれない。
家にピアノなどというものはなかったからどこのピアノの鍵なのかはわからないが、母親がその鍵を眺めては幸せそうな笑顔で「これは母さんの宝物のピアノの鍵なの」と言っていたからピアノの鍵なのには間違いはない。
その母親の形見はいつもベッドのサイドボードに置いてある。
母親がピアノを弾いているのを見たわけではない。
父親に引き取られた蒼井の別宅にはピアノがあり、流星はそこでピアノを弾くようになった。
人に教えてもらうのは嫌だったから流星のピアノは独学だ。
みんながモーツァルトだショパンだと言う中で、流星が好んだのはベートーベンだった。
特に「月光」が好きで昔はよく弾いていた。
月光のピアノの入り方が好きだった。 物悲しくて、哀歌のようで…。 まるで自分を慰めてくれるようだと思ったから好きになったのかもしれない。
しかし別宅ではメイドがのぞきに来たり、邪魔をされることが多く、いつの間にか弾かなくなっていた。
誰に聞かせるわけでもなく、というより聞かれたくない。思いついたように心のままに弾くのが好きだから自分の心を覗かれるようで嫌だったのだ。
広いだけが取り柄の今のこの部屋の真ん中にはグランドピアノが鎮座している。
今は好きな時に好きなだけ1人で、他人を気にすることなく弾くことが出来る。
キッチンはコーヒーをたてるぐらいで使う事はない。
だから食器も小さな皿とマグカップが一つだけ。
食事はいつも適当。食にも興味がないから何を食べても変わらない。1日食べない事もあるくらいだ。
流星の家で機能しているのはたまに弾くピアノと、リビングのテーブルとベッドと、風呂、トイレくらいのものではないか。
自分でも生活臭がないのは自覚しているが、この方が落ち着くと思っているのだから仕方ない。
物を増やしても処分するときに困るだけだ。
流星が学校を嫌うのも雑音が多すぎるからなのだ。
実際、流星は家で独学で勉強をしているため成績は上位である。
登校していないだけで、今のところ学校での生活態度も問題はない。問題と言えば友達を作らずにいるところぐらいなものだろうか。
ただ、夜に徘徊していても大人っぽい容姿と、有無を言わせぬ威圧感が高校生と思わせないので補導に引っかかった事がないためなのだが…。たとえ補導に引っかかったとしても蒼井の名前で不問にされてしまう。また、喧嘩になったところで、いろんな武術を獲得している流星は負けるような喧嘩はしない。今では喧嘩を売ってくるような人間はこの界隈にはいなくなっていた。
「めんどくさいが、今日は学校に行かなければさすがにヤバいだろうな。」
時計を見ればもう10時を回っている。完全な遅刻であるが、流星にはそんな事はどうでもいい。
とにかく学校に行ったと認められればいいのだから。
カーテンを開けるとあいにくの雨だった。
雨と言うだけで行く気が失せるが、仕方ないとため息をつき傘をさして学校に向かう。
学校までは歩いて10分ほどの距離だった。
もうすぐ学校に着くところで道端に青いチェックの傘が立てかけられているのに気が付いた。
その下に段ボールのような箱が見え何気なしにのぞくと、その段ボールの箱の中には白い子猫がミャーミャーと小さな声で鳴いていた。
この傘はきっと子猫が濡れないようにと誰かが立てかけたのだろう。
子猫は濡れてはいないようだがひどく弱っているような気がした。
流星は別に動物が好きでも何でもない。何に対しても興味はないのだ。
なのにこの子猫だけは何故か放っておけないような気がしてその場から動けずにいた。
自分の事でさえいい加減な自分が子猫の面倒など見れるわけもない。猫が好きなわけでもない。
流星はその場から離れようと後ろへ後ずさった。
いつもの事だ。見なかったふりをすればいい。
学校に行かないと片桐に何をまた言われるかわからない。
回れ右をして足を前に踏み出そうとしたとき、足首に小さな爪の感触がして振り返った。
いつの間にか、白い子猫が段ボールから出てきて雨に濡れながら流星の足にしがみついていた。
小さな爪でしがみつきながら「ミャーミャー」と小さな声で鳴いている。こいつにしたら、大声なのかもしれない。
流星は小さなため息をついて、しがみついている小さな子猫を抱き上げた。
「お前のせいで片桐にまた叱られてしまうんだぞ。わかってるのか?オレは優しくなんかないぞ。それでもオレのところに来るのか?」
子猫はわかっているのかいないのか流星の手に頭を擦り付けてゴロゴロと甘えている。
流星は子猫が濡れないように制服の中に抱え込むと、学校へ来た道を引き返していく。
今は学校よりも子猫の方が気になったんだから仕方ないだろって自分に呟きながら、小さな温もりを胸に家へと帰って行ったのだった。
そんな自分がわからないと思い口角を上げるだけの自嘲的な笑いが零れた。
家に帰り子猫をタオルドライしてからドライヤーで乾かす。
嫌がる子猫を押さえつけながら乾かすものだから、流星の手はあちこち引っかかれて血がにじむ。
それでも乾いた子猫の真っ白いフワフワな毛は気持ちよくてちょっと微笑んでる自分に驚いた。
自分にもまだこんな感情があるのかと…。
血のにじんだ傷口を消毒し、絆創膏を貼る。
子猫に必要なものはこの家には何一つなかった。
「お前腹減ってるよな。」
「ミャーーーッ。」
冷蔵庫をあけても水しか入っていない。
「仕方ない。買い物に行ってくるか。お前、留守番できるか?」
流星は空のBOXにタオルを敷いてそこに子猫を入れる。
「ここで寝とけ。暖房つけていくから寒くないだろ。急いで帰ってくるから大人しくしてろ。」
子猫の頭をひとなでし家の鍵を持って外に出た。 近くのスーパーで猫のトイレに砂、キャットフード、猫用のミルクと自分の弁当を買うと家に戻った。
子猫は言われた通りにBOXの中で大人しくしてたようだ。
さっそく買って来た新しい容器にミルクを少し温めて入れるとピチャピチャとすごい勢いで飲み干してしまう。
「どんだけ腹が減ってるんだ。」
もう一度ミルクを温めてだすとそれもきれいに舐めて飲んでしまった。
お腹が膨れたのか流星の膝の上に丸くなるとゴロゴロといいながら寝ようとする。
「オレも腹がへってるから弁当を食べる。お前はあっちに行け。」
膝の上から降ろしてもまた這い上がってくる。
「こら甘えるな。連れて帰って来てやったが甘えていいとは言ってない。オレは一人が好きなんだから傍にくるんじゃない。」
それでも離れようとしない子猫にとうとう根負けして流星は子猫を膝に冷たい弁当を食べる。
何を食べてもおいしいとは思わないから温かかろうが冷たかろうが流星にはどうでもいい。
それなのに子猫のミルクは温めた矛盾に気が付かずにいる流星を、子猫はまあるい大きな目でじっと見ているのだった。
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