土曜の雨のジンクス

土曜の雨のジンクス5

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ガチャンと大きな音がして銀色の丸いトレイが地面にころがり、その上に乗っていたものが散乱する。

尻もちをついたオレの前にほのかなコーヒーの香りがして冷たいアスファルトには茶色い水たまりが弓削をあげていた。

突然の事に尻もちをついたままのオレに手が差し伸べられる。

「すいません。大丈夫…じゃないですね。本当にすいません。」

無意識の内に差し出された手に吸い込まれるように手を取り立ち上がる。

う…そ…だろ…。

この…声…。

ドキンと心臓が大きな音をたてる。

「うわっ。ビショビショ…。すいません。そこオレの店なんで。」

そう言うとオレの返事も聞かずにぐいぐいと引っ張る力強い手。

「ちょ…ちょっと…。」

焦るオレの声はまるで聞こえていないようで「すいません」を繰り返したまま手を離してくれない。

振りほどけばいい、そう思うのに振りほどけない。

長い指、力強い手、後ろ姿、その声…。くせのある黒い髪。

背は昔よりも伸びている。あの頃はオレより少し高いくらいだったのに頭一つは軽く超えてるかもしれない。

身体も少年のものから大人の男の身体へと逞しくなっている。

鷹之…。

あれから5年も経つのにすぐにわかった。

『菅沼 鷹之』

オレが高校の時に付き合っていた男。

初めての男。

初めての恋人。

初めてのデート。

初めての旅行。

初めてのキス。

初めてのSEX。

初めて迎える朝。

いろんな初めてを教えてくれた男。

卒業式の日、女を優しく抱きしめて愛をささやいていた酷い男。

初めての失恋。

手を振り払わなければと強く思うのに出来ない。

どうして?オレを裏切った男なのに…。

でもこの温もりが懐かしくて…。

オレは鷹之の温もりを忘れてなくて…。

視界がすこしぼやけたのは雨のせい…。




オレはすぐに鷹之の事がわかったのに、鷹之はオレだと気が付いていない。

そう。今のオレは高校生のオレじゃない。

高校の時はかけていなかった眼鏡をかけて前髪は目を覆うほどに長い。

鷹之の身体は大人の男の身体だけど、オレは高校生の時と変わらない薄い貧弱な身体で…。

何も知らずにいた高校生の頃の快活さなんてない。


男としか恋愛が出来ないオレはビクビクして、人の目が怖くてうつむきがちになっていた。

顔を見せるのが怖くて黒縁の眼鏡をし、長い前髪で顔を隠していた。

美容院は苦手なものになっていた。

女のスタッフは触られるのも身体が強張り、男のスタッフを指名してたらそのスタッフに襲われそうになり行けなくなった。だから理髪店で毛先をそろえるくらいしかしないから野暮ったい印象しかない。

それでも付き合って来た男たちは自分だけが明日叶の顔を知ってればいいと言ってくれた。まあ、二人で外でデートや外食なんてめったになかったから良かったのだと思う。

カラーン。

入口のカウベルの音に店の中に居た女の人が振り返った。

「すみれ、家からタオル持って来てくれ。」

「うわっ。びしょ濡れじゃない。もうっ。多田さんのとこの配達はどうしたのよ。まだ来てないって電話あったわよ。」

「まだ。この人にぶつかっちゃって落としてしまったんだ。悪いけどタオル取って来たらすみれ行って来てくれないか?オレ入れ直すから。」

「まあ。すいません。タカが迷惑かけてしまって。すぐにタオル持ってきますね。タカも風邪ひいちゃうわ。」

すごく綺麗な女の人だった。

後で一つに束ねた髪はクルクルと巻いてあって、薄いナチュラルメイクは綺麗な顔をひきたたせていた。花のような笑顔。こんな綺麗な人なら誰もが振り向くんだろうな。

ぼんやりとすみれさんの消えた家へと続くであろうドアを見ているとコーヒーのいい香りがしてくる。

「はい鷹之タオル。コーヒー入った?」

「おう。ちょうど今入ったところだ。悪いけど頼むな。」

「この貸しは高くつくわよ。覚悟しといて。」

「はいはい。すみれ様の言う通りに。」

「じゃすいません。ゆっくりして行って下さいね。タカの淹れるコーヒーは絶品ですから飲んで行って下さいね。そう言えばさっきのトレイは?もしかしてほったらかし?もうっ、ついでに片付けておくわ。この間言ってたバッグで帳消しにしてあげる。じゃごゆっくり。」

そう言って軽やかにトレイを持って店を出るとパンと勢いよくオレンジ色の傘をさしてすみれさんは配達に出かけて行った。

「あーあ。高くついちゃったな。と、ここに座って?」

「え?」

すみれさんの後ろ姿を見ていたから傍に鷹之が来ていた事に全然気が付かなくて、近い距離にドキンと心臓が振るえる。

「風邪ひいちゃいますよ。」

鷹之は茫然とする俺を椅子に座らせてバスタオルを頭にかぶせるとオレの頭をごしごしと拭いてくれる。

そう言えば鷹之の家に泊まった時はいつも風呂上りにこうして頭を拭いてくれた。

あの頃は髪の毛も短くてタオルドライすればドライヤーなんていらなかった。当時を思い出してそのまま鷹之の指の感触を感じていると鷹之の指が眼鏡に触れた。

「眼鏡外してもいいですか?」

困るっ。ていうか、頭を拭いてもらうのもおかしくないか?なすがままにされてたけど、はたからみたら絶対に変だ。

「も、もういいですから。あ、ありがとうございました。」

慌てて椅子から立ち上がり店を出ようと向きを変える。

「待って。」

鷹之がオレの手を握るから身体がビクンと跳ねた。動けない…。

「オレがぶつかったから濡れちゃったのにこんなびしょ濡れのままで帰せません。このままじゃ風邪をひく。」

「いえ。ぶつかる前からびしょ濡れだったので貴方の責任ではありませんから気にしないで下さい。」

「ダメです。例えそうだとしても平気で帰す事なんて出来ませんよ。こんなに冷たくなってるのに。」

ぎゅっと握られているところだけが熱い。

「ほんとに良いんです。帰ります。」

「ダメだ。」

鷹之はそう言うなりオレの両肩を掴んで元の椅子に座り直させた。

「そうだ。コーヒー淹れますから。コーヒー飲んだら身体も温まりますよ。すぐですから。」

要らないと言う間もなく鷹之はコーヒーを淹れにカウンターの中に戻る。ほどなくして出てきたコーヒーのいい香りに喉がコクンと音をたてる。

砂糖を少しとフレッシュ…。あれ?これフレッシュじゃない…。

「あ、フレッシュの方がいいですか?」

「これ牛乳ですか?」

「はい。フレッシュに替えましょうか?」

「い、いえ、これでいいです。」

オレは珈琲は好きだがフレッシュが苦手でコーヒーを飲むときは牛乳を入れていた。だから喫茶店ではブラックか砂糖を少し入れて飲んでいた。喫茶店で牛乳が出てきたのは初めてだ。

「うちのお客さんにフレッシュダメな人がいて牛乳を出してたらそれがうけちゃって、フレッシュよりも牛乳でって注文の方が多くなっちゃって、つい牛乳で出してしまいました。」

頭をかきながら話す鷹之をじっと見ている自分に気が付いて慌ててコーヒーに目を向ける。

口に含んだコーヒーは芳香はコーヒー豆の香りとミルクがあいまってとても優しく冷えた身体に浸みこんでいく。

「おいしい…。」

1時間ほど前に飲んだコーヒーとは全然違う…。優しい味。ホッとする。

「何か服がいるな。ちょっと待ってて下さい。」

鷹之が店の奥に行ってしまったのでゆっくりと店の中を見回す。

温かい木目の床とカウンター。サイフォンがゆげをたてている。

店の中はアンティークなテーブルと椅子が調和して、オレンジ色の照明が居心地の良い空間を作り出している。

コーヒーカップに添えられたスプーンは丁寧に磨かれ歴史を感じさせる。

コーヒーに添えられたクッキーをかじるとほんのりスパイシーな味と香りがする。手作りだろうか?コーヒーにあっていて自然と笑みがこぼれた。

「おいしいな。」


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