土曜の雨のジンクス

土曜の雨のジンクス6

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「おいしい」と何度言ったとだろうとクスリと小さな笑みがこぼれる。

影が差したような気がして顔をあげると目の前に鷹之がいて驚いてまた下を向く。

「そんな顔して笑うんだ…。」

小さな呟きが聞こえたけど何も言えずに俯いたまま固まってしまった。

「まいったな。」

え?と顔をあげるとガシガシと頭をかく鷹之と目が合ってまた慌てて俯く。

「そのままじゃ風邪をひいちゃうからこれ着て下さい。」

大きいかもしれないけど…と目の前に出されたのは新しい服とカーゴパンツと長袖のTシャツだった。

「服は新しいものじゃないけど洗濯ちゃんとしてあるんで汚くないから。」

フローラル系の柔軟剤の香りがする服はとても清潔そうだった。

「え?いや、悪いですからいいです。大丈夫ですから…。」

「濡れたままで帰すわけには行きません。」

「そんな…。見ず知らずに人にそこまでしてもらうわけにはいきません。」

「見ず知らず…ですか…。」

「え?」

鷹之が何か苦い表情をして黙り込む。

「…クッシュンッ‼」

少しの沈黙はオレの大きなくしゃみで破れてしまう。

「ほらっ。くしゃみしてるじゃないですか。早く着換えて下さい。」

強くそう言われると断る事も出来なくなってしまう。

「…じゃ…すいませんがお借りします。」

「トイレ、広いのでそこで着換えて下さい。」

ぺこりと頭を下げトイレに入る。

鷹之の優しい目にドキドキしている自分が居る事に戸惑いを覚える。何気に横をみるとトイレの鏡に冴えない男の顔が写っていて…。

オレに優しくなんかするなと身勝手に思う。

あの頃のぶざまな自分を思い出され唇を噛む。騙されているとも思わずに鷹之にのめり込んでいたオレ。

鷹之にとってオレは高校の時だけの愛てだった。ずっと付き合っていく相手ではなかった。

「好きだ」と言う言葉も鷹之にとってはゲームを進めるための駒だったに過ぎない。

どんどん沈み込んでいく気持ちをうまく消化できない。このままここにいたらダメだ。

鷹之に気がつかれないうちに早く帰ろう。

借りたタオルで水滴を拭い、貸してもらった服に着換える。

「鷹之の服かな?」

オレをすっぽり包み込んでしまうサイズの服。

カーゴパンツはいくら紐で縛ってもウエストがズルズルで掴んでいないと腰まで下がってしまう。

「これじゃ電車には乗れないな。」

近くに電車があるかどうかはわからないけどこの格好では人目につくだろう。タクシー捕まるだろうか…。

いつまでもトイレにこもっているわけにもいかずずり落ちそうなウエストを掴んで外に出る。

「プッ。」

出てきたオレを見て笑いをこらえている鷹之を見て恥ずかしくて顔が赤くなる。

「すいません。やっぱり大きかったみたいですね。でもそんな服しかなくて…。」

「い、いえ…。」

鷹之と目が合うのが怖くてうつむきがちに横を見る。

泣きたい気分だ。早くここを出たい。ズキズキと心臓が痛みだした。これ以上二人でいるのが辛い。

「服…ありがとうございました。」

荷物を持って出て行こうとするオレの腕を鷹之が掴む。

「待って。濡れた服これに入れて下さい。どうやって帰るんですか?」

「タクシー拾います。じゃあ。」

「待って。この雨だしこの辺りなかなかタクシー通らないですよ。」

「電話で呼びますから。じゃあ。」

「オレ送っていきます。ちょうどすみれも帰って来たんで…。」

カウンターを指さされ見るとさっきの綺麗な女の人が笑いをこらえるような顔をしてオレを見ていた。

ますます恥ずかしくていたたまれない。

「いいです。大丈夫ですから。それにあなたも着換えないと風邪をひきますよ。」

「じゃ少し待っててください着換えて来ます。」

そう言って店の奥に行ってしまい、一人取り残されてオレはどうしたらいいのか動けなくなる。

「コーヒーのお替りいれますから座って下さいね。」

そう言われてしまうとそのまま出て行けなくてコーヒーの置かれた席に座り鷹之が出てくるのを待った。

「店の裏に車止めてますから行きましょう。すみれ頼むな。」

新しい服に着換えた鷹之が車の鍵を持ってオレの前に来る。

いいですとも言えず仕方なしに鷹之の後を歩く。

「あ、ごちそうさまでした。」

カウンターの中にいたすみれさんに挨拶すると笑顔で「また来てくださいね」と言われ曖昧に頷く。

もう来ることはない。

そのまま車の場所まで鷹之の後ろをついて歩き、後部座席に座ろうとした。だって助手席なんて座りたくない。鷹之の傍に居たくない。助手席なんて近すぎるから…。

「なんで後なの?助手席に座って。」

少し強い口調で言われ助手席のドアを開けられてしまい拒否する事が出来ずにそのまま助手席に座る。

それを見て安心したのか鷹之は運転席に座るとオレのシートベルトを締める。

鷹之の身体が近づき、懐かしい鷹之の匂いがした。

ドキン…。

もう5年も経つのに鷹之の匂いを覚えている自分に驚いた。

あの頃は毎日傍にあった鷹之の匂い…。




「家どこですか?」

「近くの駅で降ろして下さい。」

「その格好で電車に乗るんですか?」

「駅に行けばタクシーあると思うんで…。」

「オレ家までしか送りませんよ?」

「……。」

頭が痛くなった。ズキズキして思わずこめかみを押える。

そうだ。鷹之はこんな奴だった。

優しそうな顔をしているけど頑固なんだ。こうと決めたら譲らない。いい意味でも悪い意味でもめんどくさい男だった。

そんなところも好きだった。


しばらく考えたけど考えたところで家まで送ると決めているならいくらいいと言っても聞かないだろう。

まあ家を教えたところでもう会うつもりはない。

借りた服は送るつもりだった。

鷹之が着換えてくるのを待ってる間に店の案内のカードをもらっていたので住所はわかっていた。

はあっと大きなため息を一つついて鷹之に住所を告げる。

その付近なら知っていると鷹之が言ったので、そのまま横を向いて寝たふりをする。

起きていれば何かと鷹之が聞いてくるかもしれない。それだけは避けたかった。どこで鷹之が気が付くかわからない。このまますれ違った一人としての認識で十分だ。

寝たふりをしていたはずが、歩き回って疲れていた事や温かい車の中にいて心地よい揺れにそのまま眠ってしまった。


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