キミと空とネコと8

武蔵を病院に預けて、オレは自分の病院へ向かった。



「うん。これなら抜糸出来るね。ちゃんとふさがってる。」

Drはそう言うと傍にいた看護士に抜糸の準備をするように声をかける。

オレの左手首には5針縫い付けられた黒い糸がある。

傷を見ると吐き気がするので見ないようにしていたのに、抜糸と言われてその傷を見てしまった。

黒い糸を見ると、その時のことやアイツのセリフや表情がリフレインして･･･。

「うっ･･･。ぐっ･･･。」

突然の嘔気に顔面蒼白になる。

「大丈夫ですか？高瀬さん。今日はやめておきましょうか？」


「はい。」と言いそうになった時、武蔵の声が聞こえた気がした。

武蔵は今、オレの勝手で本当ならしなくてもいい手術をさせられている。なのに、オレがこんなでどうするんだ。

そう思うと、自然と落ち着きを取り戻し、吐き気も収まってくる。

又、武蔵に助けられたな。ありがと。武蔵。

「大丈夫です。お願いします。」

Drはオレに何度も確認し、バイタルが安定しているのを確認して抜糸を始める。

一つ一つ黒い糸が抜かれるたびに肌を抜けていく糸の感触が気持ち悪く、吐き気がこみ上げてくるけど武蔵を思って耐える。

時間にすれば、ものの何分なのに、それが何時間にも思えびっしょりと汗をかいていた。

「はい。終わりました。大丈夫ですか？」

「･･･はい。大丈夫です。」

見ると、黒い糸はなくなっていた。

その代わり、縫った後の穴がはっきりとわかり、切った傷はケロイドのように、そこの皮膚だけ色が違った。

多少色は薄くなっても消えない傷跡。

もう誰も愛さないしるし･･･。

人を受け入れないで一人で生きていくというしるし･･･。

吐き気は襲ってこないが、胸がしめつけられるようで息苦しい。

オレは傷から目を逸らした。

頭がガンガンする。

家に帰ってからベッドに身を投げると、小さく丸まって横になる。

「武蔵を迎えに行くまでにまだ時間あるな。少し寝よう。」

鎮痛剤を飲んで目を閉じる。

オレの左手首は抜糸したのに包帯が巻かれている。

傷を見るとまだ不安定になるので、しばらくは包帯を巻いて見ないようにしておくほうがいいとDrが巻いてくれた。

「武蔵、オレ包帯を外せる日は来るのかな･･･。」とひとりごちると「にゃーん」大丈夫だよって言う武蔵の声が聞こえた気がした。

眠っていたようで、気がつくと夕方の空の色になっていた。

「武蔵を迎えに行かないと。」

念のため病院に電話すると、急患があったらしく病気でない武蔵の手術は後回しになり、まだ麻酔から醒めてないと言われる。

「今日は武蔵くんお泊りにして明日迎えに来られますか？」と言われたが、武蔵がいないとオレは夜眠れないし、武蔵も知らないところで一人は心細いだろうと思うと、遅くなってもいいから迎えに行きたい。そうお願いすると「先生に聞いてみますね。」と保留音に切り替わる。

しばらく待っていると

「高瀬さん、ほんとに申し訳ない。」とDrの声が聞こえてきてドキッとする。

「いいえ。こちらこそ勝手を言ってすいません。でも、どうしても武蔵がいないとダメなんです。無理ですか？」

Drはしばらく考え込み「わかりました。じゃ、8時に迎えに来てください。看板の電気は消してますがドアは開けておきますので。」

「ありがとうございます。では8時に伺います。」

電話を切るとほっと胸をなでおろす。

安心すると、病院で汗をかいたまま寝てしまったことを思い出す。

「シャワーを浴びて、買い物に行こう。頑張ったご褒美に高いご飯を奮発してやるか!」

オレは病院で更なる出会いがあることなど、この時は知りもせず早く武蔵に逢ってぎゅって抱きしめたい思っていた。






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