土曜の雨のジンクス
土曜の雨のジンクス20
喉が渇いただろうと遥斗さんが作ってくれたのはりんごジュース。それもまるまるのりんごをすってくれてほんのり冷たいりんごジュースは心地よく喉を潤してくれる。
あっという間に飲み干してしまって物足りないと思っていたら、もう一度作ってくれた。23の男がりんごジュースなんてって笑われるから言った事はないけど、りんごをすって作ったりんごジュースは風邪をひいた時に母親が作ってくれたから特別な思い入れがある。母親の顔はもうハッキリとは思い出せないけど、こういった小さな母親の記憶が全くないわけではないのだ。
「桃とりんごと迷ったんですが、明日叶はりんごが好きでしたよね。だからりんごにしました。胃にも優しいかなと思いまして。」
「うん。りんご好きだよ。もう顔は覚えてないけど風邪をひいた時、母親がすったりんごジュースを飲ませてくれたんだ。そう言えばりんごでウサギを作ってくれたっけ。」
「りんご、まだありますから作りましょうか?」
「いやもうさすがにウサギのりんごはいらないよ。」
「それより明日叶お腹すきませんか?今日は何か食べましたか?」
「お腹すいた。そう言えばオレ何も食べてない…。」
「このすいとん食べますか?」
遥斗さんがキッチンの鍋を見て言う。鷹之が作ってくれたすいとんだ。
この部屋で起こった事を思い出して表情が曇る。見た事のない鷹之が怖かった。出て行けと言ったのはオレ。
「鷹之くんが作ったのでしょう?悪いと思ったんですが味見させて頂きました。とても優しい味でしたよ。きっと明日叶の事を思って体調を気遣って作ってくれたんでしょうね。何があったのかは私にはわかりませんが、このすいとんは優しい味ですよ。」
「遥斗さんオレね、まだ鷹之の事が好きなんだ。ダメだって思うけど好きなんだよね。忘れようとして色々な人と付き合ったけど、本気になれなくてそれはオレが本気にならないようにしてたせいもあるけど、根っこの所は鷹之を好きだったから本気の恋が出来なかったんだってわかったんだ。」
「そうでしょうね。あの頃の明日叶はずいぶんと無茶をしてましたから。忘れようとして、自分を傷つけて…。征一郎も私もわかっていて見守るしか出来なかった。明日叶自身が折り合いを付けなければならない問題だと思っていましたから。」
「見守ってくれてありがたかったと思ってる。オレが堕ちずに済んだのは、征一郎さんと遥斗さんが居てくれたからだ。二人がいなかったらオレはどうなってたかわからない。確実にここにはいなかったと思う。廃人になってたかもしれない。」
輪姦されて、薬漬けにされていたかもしれない。そうなれば心は壊れて廃人になっていた。二人が助けてくれて、親身になってくれたから立ち直れたんだ。
「明日叶の役に立てたのなら嬉しいですよ。鷹之くんを好きだと認められたのは良かった。これからどうやっていくにしても、前の明日叶はそれさえ認められずにいましたからね。再会してよかったのかもしれませんね。」
「よかったのかな?オレすごく苦しいよ。鷹之、今日なんだかおかしかったし…。」
「おかしかった?」
オレは遥斗さんに今日1日の出来事を全て話した。
不眠で頭痛のまま会社に行き、気分が悪くなってたまたま出会った鈴城さんに病院に連れて行ってもらって事や、鈴城さんに言われて鷹之が迎えに来てくれた事。鷹之が心配して食事を作ると言って聞かなかった事。すいとんを作ってくれた時は穏やかだったのに、征一郎さんと電話した後はなぜだか怒っていて押し倒された事…。
「鷹之くんには恋人だか、奥さんだかいるんでしたよね。」
「すみれさんって一緒に喫茶店をしてる人がいる。」
「そうですよね。」
「征一郎さんは鷹之と会ってると思うんだけど、何か言ってた?」
「いいえ。部屋にいた鷹之くんに帰るように言ったとしか聞いてません。鷹之くん大人しく帰ったようですよ。」
「そう…。」
「で、このすいとん食べますか?」
「せっかく作ってくれたんだから食べるよ。食べ物に恨みはないし。ああっ‼」
「どうしたんです?大きな声出して。」
「この材料、全部鷹之が買ってくれたのにお金払ってない…。」
「いいんじゃないですか?暴力を受けたんだから慰謝料としてもらっておきなさい。」
しらっとお茶を飲みながら言う遥斗さんはちゃっかりしていると思う。征一郎さんがすごくアバウトなのに二人が上手く行くのは遥斗さんがしっかりしてるから何だと思う。そんな二人の力関係を想像して笑いがこぼれた。
「そうそう。明日叶は笑ってるのが一番可愛いんですから。笑ってなさい。暗い顔も落ち込んだ顔も似合いませんよ。」
「可愛いとか言われても嬉しくないし。」
「可愛いものは可愛いんです。征一郎も同じ事を言うと思いますよ。征一郎と私にとって明日叶は可愛い弟ですから。」
「年の離れたね。」
「明日叶言いましたね。征一郎にも言っておきますから覚悟しておきなさい。征一郎は拗ねるとめんどくさいですよ。」
「わっ。征一郎さんには言わないで。オレが悪かったです。征一郎さんと遥斗さんに弟と思われてオレはすごく幸せです。」
「ふふ。まあ許してあげましょう。じゃすいとん温めますね。明日叶はそこで座って待ってて下さい。」
鷹之の作ってくれたすいとんは遥斗さんが言ったように優しい味で少し涙が出そうになった。まるで何も知らずに付き合っていた頃の鷹之のようで…。もしかしたらそれは嘘の鷹之の姿かもしれないけど、それでもあの頃オレは幸せだった事を思い出したんだ。
夕食を食べ薬を飲んだことを確認して遥斗さんは帰って行った。今日は泊まると遥斗さんは言ってくれたけど、その頃には頭痛も収まっていたし、征一郎さんを一人にするのは悪いと思ったから大丈夫だって帰ってもらった。
遥斗さんが帰ってからベッドの上で今日一日の事を思い返す。
鈴城さんにはもう一度ちゃんとお礼を言った方がいいだろう。征一郎さんにも。
鷹之…。
もう会わないと思っていても何の悪戯か会ってしまう。今日までは驚きと戸惑い、そして過去の自分の受けた痛みを思い出す切なさみたいなものを感じ、それでもどこかで嬉しいと思っている自分がいた。
鷹之が好きなんだと会うたびに思うけど、見込みのない恋だとわかってる。だから会いたい反面会いたくないと思う。
今日の鷹之はすごく怖かった。力ずくでこられたら悔しいけど敵わなかった。あのまま押し切られてたらどうなっていたんだろう。何で鷹之は突然怒って暴力的になったんだろう。何が鷹之を怒らせた?
どんなに考えてもわからない。わからなくて当たり前か。高校生の頃の鷹之とは違う。オレもこの5年ですっかり変わった。鷹之もオレの知らない5年間でかわったのかもしれない。
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